ある日のこと、幡ヶ谷六号通り商店街を散歩していると、“アボヘボ”という不思議な言葉が書かれたのぼりがはためいていました。
「なんだろう?お菓子?」とお店に近づいてみた私は、アボヘボの謎を解くより先に、ガラスの引き戸に貼られたポスターに目を奪われました。
朝搗き(あさつき)の豆大福ですと!?
毎朝搗きたてのお餅で自家製餡を包んだ昔ながらの豆大福……、これ絶対おいしいやつだ!と食いしん坊センサーがビビビと反応します。
いただきもののちょっと良いお茶とともに楽しみましたが、直感どおりにお餅もあんこも豆もそれはそれはおいしくて―――おっと、あやうくお店の名前をご紹介する前に初来店時の思い出食レポタイムに突入してしまうところでした。
御菓子司 心庵梅むら 幡ヶ谷店(以下、梅むら)。
一見ごく普通の“町の和菓子屋さん”ですが、厳選した国産材料と自家製餡で四季折々の和菓子をつくっている老舗なんです。
朝搗きのお餅とおだんごは、ほどよい弾力がたまらない
毎朝搗いているお餅はやわらかさの中にもコシとほどよい歯ごたえがあり、まさにもっちもち。
豆大福は大人気なので、早い時はお昼頃に完売していることもあります。
ちょうどお店の方にお話を伺っている時にも、仲良しカップルが豆大福を買っていきました。
梅むらの餡は、つぶあんは岡山県産備中大納言小豆、こしあんは北海道産小豆、しろあんは北海道産白手亡と、餡の種類ごとに厳選した国産の豆でつくる本物の自家製餡。白双糖ですっきりした上品な甘さに仕上がっています。
たっぷり入った赤豌豆も香りよくほっくりとして、餅・餡と三位一体のおいしさ。
お餅にも添加物を一切使っていないため、翌日にはかたくなってしまいますので、当日中にお召し上がりくださいね。
「安心でおいしい和菓子」をモットーに
今では、餅をこねるのではなく搗いているお店も、豆から煮て餡をつくっているお店も、ごくわずかなんだそうです。
「手間ひまを考えるとしかたない面もあるのかなとは思うんですけどね」と、二代目・平野明洋さん。
初代の「自分で店を出すなら国産素材・無添加のおいしいものを食べてほしい」という想いが、梅むら創業当初からのこだわりです。
和菓子屋さんの一日、餡づくりの工程のこと、お店の和菓子に使っている素材のことなど、いろいろなお話を聞かせていただきました。穏やかな語り口の端々からにじみでる情熱に、明洋さんがとても真摯に和菓子と向き合っていらっしゃることが伝わってきます。
和菓子づくりの専門誌も見せてくださいました。和菓子技術の向上と伝承を目的とした和菓子研究団体・東和会が発行しています。
月例品評会の優秀作品を中心に、職人さんたちが作った五ツ盛の上生菓子、盆景菓子などの繊細な美しさはため息が出るほど。
明洋さん自身も、若手時代に毎月品評会に出品していたそうです。出品五年目の2007年度に最優秀技術賞を受賞なさったときのインタビューによると、工学部ご出身なんですね。工学と和菓子、“モノづくり“としてつながる部分もあるのかと思うと興味深いです。
アボヘボは五穀豊穣を祈る神事が由来の縁起餅
さて、アボヘボって?
梅むらは1972年に世田谷区喜多見で創業、1995年に幡ヶ谷にも出店されました。
アボヘボは、粟穂稗穂(あわぼ・ひえぼ)を意味し、言寿・進学成就・子孫繁栄・商売繁盛・五穀豊穣を祈願して新年を祝う喜多見氷川神社の伝統行事。この神事にちなんで初代が考案したのが縁起餅アボヘボです。
アボヘボでは、境内のニワトコと梅の枝で奉製した削り掛を飾ります。パッケージにも描かれていますね。
内側には由来が書かれています。
そういえば幡ヶ谷にも氷川神社があります。アボヘボの行事自体はもともと武蔵国一帯でおこなわれていたとも聞きますので、幡ヶ谷ではどうだったのか調べてみるのも面白そうです。
行事アボヘボに思いを馳せながら、お待ちかねの縁起餅アボヘボにたどりつきました!
もっちりとしたやわらかい求肥に長野のくるみと沖縄波照間島の黒糖を加えて練り、京都のきな粉をまぶしています。
おいしいわらび餅とおいしい信玄餅のおいしいところを合わせた感じ、と言えばイメージしやすいでしょうか。今後もおやつの豊作を祈っていきたくなるおいしさです。
ひとつからでもお気軽に、和菓子のある暮らしを
季節の朝生菓子は毎日つくりたて。
どら焼き、最中、ようかん、きんつば、カステラなど、定番の和おやつも揃っています。
どら焼きは、大納言、栗、梅の3種類。
最中の皮は石臼挽きの餅粉で作られたもので、最中専門の職人さんから仕入れているとのこと。種類も大納言、胡麻、栗、柚子などさまざま。
こんなに素材にも気遣って愛情と手間ひまをかけて作っていただいているというのに、こっちはのんきに「おいしー♪」と楽しんでいて申し訳ないくらいなのですが、「本来それでいいんですよ」と二代目。
和菓子屋さんでひとつだけ買うのは気が引けると思われる方もいるかもしれませんが、すくなくとも梅むらでは決してそんなことはありませんので、ぜひ気軽にふらりと立ち寄ってほしいです。
モノづくりには頑固でお客さんにはやさしい、すてきな“頑固職人”が出迎えてくれますよ。
心庵梅むら 幡ヶ谷店
住所:東京都渋谷区幡ヶ谷2-47-12
アクセス:京王新線「幡ヶ谷駅」北口から徒歩5分
営業時間:10:00-18:30
TEL:03-3299-4406
定休日:月曜日